「ヴェネツィア・ルネサンスの巨匠たち」と音楽

 「アカデミア美術館所蔵~ヴェネツィア・ルネサンスの巨匠たち」を見てきた(国立新美術館)。
 ジョヴァンニ・ベッリーニやヴィットーレ・カルパッチョ、マレスカルコ、ティツィアーノ、ティントレットなどの作品を通して15世紀から17世紀に至るヴェネツィア絵画を展望する。17世紀に近づくとギリシャ神話をモティーフにしたものが出てくるが、ほとんどが宗教画で肖像画が数点。
 ヴェネツィアの絵は色彩が豊かで、聖母や聖人たちの表情が柔らかくて人間的なやさしさが感じられるのが魅力だ。ティツィアーノの「聖母子」の別名アルベルティーニの聖母の顔の気品に満ちた美しさ。なんといっても赤が際立っている。たとえば、展覧会のチラシのベッリーニの「聖母子」。聖母の背景の青空に浮かぶ、雲上の天使たちのどことなく眠そうな真っ赤な顔が印象的だ。そういえば、ヨーロッパで時折こんな夕焼け空を見かけたな。でも、やはり最大の見どころはティツィアーノが、サン・サルヴァドール聖堂の祭壇のために描いた「受胎告知」だろう。天使ガブリエリがマリアに受胎を告げる。思わずヴェールを持ち上げてうろたえるマリア。その瞬間、空が開けて天使たちが舞い降り、聖霊の鳩が飛来する。劇的な一瞬を画布に閉じ込めた大作だ。
 
 いつの頃からか、こういう絵を前にすると、その時代の音楽を思い浮かべるようになった。200年というスパンは長いから、もう少し絞ってティツィアーノの活躍した16世紀にしよう。88年という当時としては長寿をまっとうした画家が、サン・サルヴァドール聖堂のために「受胎告知」を描いた1563年から65年のヴェネツィアはどうだろう。
 バッハやヘンデル、ヴィヴァルディらが生まれる100年ほど前。モンテヴェルディもまだ生まれていない(1567年生まれ)。フランドル地方の音楽家が欧州各地で活躍した盛期ルネサンスからバロックへの移行期。ローマのパレストリーナは40歳くらい。でもすてきな音楽はたくさんあった。
 ブリュージュ生まれのアドリアン・ウィラールトがサン・マルコ聖堂のオルガン奏者に着任した頃から、ヴェネツィアの音楽は一つの隆盛期を迎える。そのウィラールトが没して3年、後継者のアンドレア・ガブリエーリは50歳台中頃。木管のコルネットとトロンボーンの前身サックバットのアンサンブルや歌手たちを引き連れて礼拝や国家行事などで複合唱編成の壮麗なサウンドを響かせていた。音楽史上フォルテやピアノなどの表示を楽譜に書き込んだ最初のソナタで知られる、甥のジョヴァンニ・ガブリエーリはわんぱく盛り。
 もちろんセレモニアルな音楽ばかりではない。貴族の館ではペトラルカ風の詩に作曲したイタリア語のマドリガーレが、酒場では親しみやすいフロットラ、喜劇やコメディア・デラルテの舞台や街角ではヴェネツィア訛りの陽気なヴィラネッラ(ヴィラネスケ)が歌われたことだろう。
 
 ちなみに、こうしたCDをいくつか。「アッラ・ヴェネチアーナ」は名手ポール・オデットが、ルネサンス・リュートで16世紀初頭の舞曲やリチェルカーレなどを弾いたアルバム(ハルモニア・ムンディ)。「アンドレアとジョヴァンニ・ガブリエリ」は、ヴェネツィアではないけれども、ボローニャ、サン・ペトローニオ教会の2台のオルガン(いずれも16世紀製造)で、イタリアの巨匠タリアヴィーニとオランダ出身で同教会専属のオルガニストのタミンハが、二人のガブリエーリのオルガン作品を弾いている(タクトゥス)。
 「複合唱編成のためのヴェネツィアの音楽」は、ファン・ネーヴェルや古楽器の管楽アンサンブルのコンチェルト・パラティーノらが、サンマルコ聖堂に鳴り響いたであろうウィラールトらの曲を奏でている(アクサン)。16世紀のマドリガーレを聴くなら、同じネーヴェル率いるウェルガス・アンサンブルの「哀しみのラウラ」(ソニー)がある。
 そして、フランスの古楽アンサンブル、ドゥルス・メモワールによる、そのものずばりの「ティツィアーノの世紀、ヴェニス1490~1576」(ナイーヴ)。マドリガーレやフロットラ、ヴィラネッラなど、16世紀ヴェネツィアの世俗歌曲を集めた楽しいアルバムだ。
 ティツィアーノ翁も一日の仕事を終えた夜、運河沿いの居酒屋で若い弟子たちに囲まれて、旅回りの音楽家たちの歌う、少しばかり上品な古い歌に耳傾けることがあっただろう。「わがきみの一瞥に、わが心に甘い死が忍び込む…」。ヴェルドロのマドリガーレの一節だ。あるいは、これまでに手掛けた聖母のモデルたちを思い、深いため息をついたかもしれない。

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                      図録 ティツィアーノ、サン・サルヴァドール聖堂の祭壇画「受胎告知」
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by Musentanz | 2016-10-07 01:01 | 美術


コンサート、美術に映画に読書~音楽評論家那須田務の音楽を中心としたエッセイ


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