ロシア・ナショナル管弦楽団
『フリーダ・カーロ遺品』の試写の夜は、ロシア・ナショナル管弦楽団のコンサート。ピアノのヴィルトゥオーゾ、プレトニョフが1990年に結成した民営のオーケストラで初来日以来、何度もコンサートに接してきた。プレトニョフには一度インタビューをしたことがあり、その後NHK-FMのクラシック番組で同管弦楽団の実況中継の解説もした。FM放送の際はベートーヴェンの交響曲だったが、恐らくドイツ語的なイントネーションとは違う感性なのだろう、プレトニョフのベートーヴェンはとてもユニークで個性的だ。
今回は待望のオール・ロシアン・プロ。グリンカの歌劇《ルスランとリュドミラ》序曲にチャイコフスキーのピアノ協奏曲第1番(ソリストは牛田智大)、ラフマニノフの交響曲第2番。インタビューの時には謙虚で飾りのない人という印象を受けたが、その後次第に巨匠の風格を身に着けていった。それは指揮台の様子でも分かる。クールにどっしり構えてほどんど動かない。汗をかくのはオーケストラであって指揮者ではないという往年の巨匠タイプ。一曲目の《ルスランとリュドミラ》序曲にしても僅かに指先を動かすだけでオーケストラに火が付いたように緊張感が走り、アクロバティックな名人芸を繰り広げる。こういう演奏を聴くといつもロシア人の身体能力の高さに感心させられる。やはりボリショイ・サーカスの国民だ。そして弦のカンタービレのリリカルな美しさ。
続いてチャイコフスキーの協奏曲第1番。今年15歳になる牛田は、目下モスクワに留学中で、先月の「レコ芸」新譜月評でロシア・アルバムを聴いたばかり。こうしてステージで見るとプレトニョフとそれほど背丈が変わらない。CDではロシア風のピアニズムを身に着けてスケールの大きな演奏を聴かせるようになったが、持前の密度の高い弱音の表現は以前のまま。協奏曲も同様。どれほどの強打も弱音と同じ音のかたちをしているし、ピアノの音の中に入っていくような感覚がある。第2楽章では明るい音色で朗々と歌うチェロ(女性奏者だった)がすばらしい。終楽章プレストの牛田は技術的にも音楽的にも見事の一言。フィナーレの連続するオクターブのパッセージもしっかりキマっていた。
終わって胸に手を当てる光栄ですという仕草が、終わってほっとしているというようにも思え、ぎこちなくオーケストラを立たせる様子が微笑ましい。アンコールのチャイコフスキーの《ノクターン》19の4もデリカシーに富んだ弱音の純度の高い表現が心に残る。モスクワではロシア語や芸術を含めた勉強をしているという。これからどんなピアニストに成長するのか大いに楽しみだ。
最後はラフマニノフの交響曲第2番。厚くて重いサウンドはロシアの弦。第1楽章のコールアングレの深い音色、密度の高いトゥッティ。第2楽章の引き締まった出だしに諦念と哀愁の入り混じった暗いメランコリーなどなど。オーケストラの一人一人の心身に作品がしっかりと染み込んでいる演奏のみが持ちうる説得力があり、明快な表現と洗練された精度の高い技術は、第一級のピアニストであるプレトニョフの芸術に通じるものだ。終演後のカーテンコールでコンサートマスターと言葉を交わし、パート譜を見せられたプレトニョフが、「そうだったね」とばかりに頷いてアンコールの《カルメン・ワルツ》を披露。これまたサーカス級の名人芸だった。(7月7日 その2 文京シビック大ホール)
公演パンフレットと牛田智大の最新ディスク「愛の喜び」(ユニバーサルミュージック)
今回は待望のオール・ロシアン・プロ。グリンカの歌劇《ルスランとリュドミラ》序曲にチャイコフスキーのピアノ協奏曲第1番(ソリストは牛田智大)、ラフマニノフの交響曲第2番。インタビューの時には謙虚で飾りのない人という印象を受けたが、その後次第に巨匠の風格を身に着けていった。それは指揮台の様子でも分かる。クールにどっしり構えてほどんど動かない。汗をかくのはオーケストラであって指揮者ではないという往年の巨匠タイプ。一曲目の《ルスランとリュドミラ》序曲にしても僅かに指先を動かすだけでオーケストラに火が付いたように緊張感が走り、アクロバティックな名人芸を繰り広げる。こういう演奏を聴くといつもロシア人の身体能力の高さに感心させられる。やはりボリショイ・サーカスの国民だ。そして弦のカンタービレのリリカルな美しさ。
続いてチャイコフスキーの協奏曲第1番。今年15歳になる牛田は、目下モスクワに留学中で、先月の「レコ芸」新譜月評でロシア・アルバムを聴いたばかり。こうしてステージで見るとプレトニョフとそれほど背丈が変わらない。CDではロシア風のピアニズムを身に着けてスケールの大きな演奏を聴かせるようになったが、持前の密度の高い弱音の表現は以前のまま。協奏曲も同様。どれほどの強打も弱音と同じ音のかたちをしているし、ピアノの音の中に入っていくような感覚がある。第2楽章では明るい音色で朗々と歌うチェロ(女性奏者だった)がすばらしい。終楽章プレストの牛田は技術的にも音楽的にも見事の一言。フィナーレの連続するオクターブのパッセージもしっかりキマっていた。
終わって胸に手を当てる光栄ですという仕草が、終わってほっとしているというようにも思え、ぎこちなくオーケストラを立たせる様子が微笑ましい。アンコールのチャイコフスキーの《ノクターン》19の4もデリカシーに富んだ弱音の純度の高い表現が心に残る。モスクワではロシア語や芸術を含めた勉強をしているという。これからどんなピアニストに成長するのか大いに楽しみだ。
最後はラフマニノフの交響曲第2番。厚くて重いサウンドはロシアの弦。第1楽章のコールアングレの深い音色、密度の高いトゥッティ。第2楽章の引き締まった出だしに諦念と哀愁の入り混じった暗いメランコリーなどなど。オーケストラの一人一人の心身に作品がしっかりと染み込んでいる演奏のみが持ちうる説得力があり、明快な表現と洗練された精度の高い技術は、第一級のピアニストであるプレトニョフの芸術に通じるものだ。終演後のカーテンコールでコンサートマスターと言葉を交わし、パート譜を見せられたプレトニョフが、「そうだったね」とばかりに頷いてアンコールの《カルメン・ワルツ》を披露。これまたサーカス級の名人芸だった。(7月7日 その2 文京シビック大ホール)
by Musentanz
| 2015-07-14 10:39
| コンサート