新日本フィルハーモニー交響楽団第526回定期
ドイツの人気ヴァイオリニスト、イザベル・ファウストが、新日本フィルの定期公演にソリストとして出演した。指揮はハーディング(6月20日 すみだトリフォニーホール)。ブラームスのヴァイオリン協奏曲と交響曲第4番というプログラムがシブい。「ファウスト人気」なのか、二日に渡って完売だそうで、開演前の客席のボルテージもいつにも増して高いように感じられる。
ヴァイオリン協奏曲、第一楽章の冒頭。NJPの弦も近年ますますドイツのオケのような深みを帯びてきた。ヴァイオリンの出だしは相当のパワーと表現のひろがりが求められる。この日は2階の最前列で聴いたのだが、ファウストのソロは豊饒な響きですべてを包み込むというのではなく、むしろオーケストラの厚い響きを突っ切って飛んでくる感じだ。曲が進むにつれてさらに音楽への没入の度合いを増し、表現もほぐれてきて、自在かつダイナミックに。音楽への没入度の高さと研ぎ澄まされた感性は、ファウストの魅力の一つだ。それは求道的といってもいいくらい。カデンツァはティンパニの入ったブゾーニ版。
第2楽章は木管楽器のアンサンブル、とりわけ、オーボエ(古部賢一)のソロが光る。それに誘われるようにして奏でられるファウストのソロは可憐にして、フレージングの凛とした佇まいが美しい。それに加えて、知的な明るさと気品、人間的な温かさがあり、濃やかな表現とともに、オーケストラと密度の高いアンサンブルを聴かせる。ハーディングの指揮は音楽の流れを尊重すると同時に要所を押さえたもので、終楽章ではオケとソロが見事な一体感を示し、満場の聴衆とともに民族舞曲風の熱狂と情熱を纏ったロンドを満喫した。アンコールはバッハの無伴奏vnのパルティータ2番のサラバンド。これもファウストらしい透明なリリシズムと温もりを湛えた好演で、しみじみとした聴後感を残した。
休憩後は交響曲第4番。第1楽章の主題のちょっとしたアゴーギクがチャーミング。そこに出てくるチェロの深い歌。そして長い長いクレッシェンドと音楽的曲線がすばらしい。ハーディングの指揮は表現がよく整理されていて楽曲の構造が良く分かると同時に、作為的なところがなく、不動の安定感に加えて、自然な感興がある。第2楽章も声部間のバランスがよく、弦楽の深みのある音色とともに、息の長いロマンティックな「歌」を聴かせる。第3楽章は朗らかな笑みに溢れ、終楽章のパッサカリア風の主題は荘厳さと哀愁を併せ持ち、音楽は大きくダイナミックにうねる。一瞬の凪からフルート・ソロ(荒川洋)が高く高く舞い上がる、その旋律の軌跡が目に見えるようだ。その後も劇的変化の要所を押さえつつ、コーダに向けて燃焼度の高い演奏が繰り広げられた。
ヴァイオリン協奏曲、第一楽章の冒頭。NJPの弦も近年ますますドイツのオケのような深みを帯びてきた。ヴァイオリンの出だしは相当のパワーと表現のひろがりが求められる。この日は2階の最前列で聴いたのだが、ファウストのソロは豊饒な響きですべてを包み込むというのではなく、むしろオーケストラの厚い響きを突っ切って飛んでくる感じだ。曲が進むにつれてさらに音楽への没入の度合いを増し、表現もほぐれてきて、自在かつダイナミックに。音楽への没入度の高さと研ぎ澄まされた感性は、ファウストの魅力の一つだ。それは求道的といってもいいくらい。カデンツァはティンパニの入ったブゾーニ版。
第2楽章は木管楽器のアンサンブル、とりわけ、オーボエ(古部賢一)のソロが光る。それに誘われるようにして奏でられるファウストのソロは可憐にして、フレージングの凛とした佇まいが美しい。それに加えて、知的な明るさと気品、人間的な温かさがあり、濃やかな表現とともに、オーケストラと密度の高いアンサンブルを聴かせる。ハーディングの指揮は音楽の流れを尊重すると同時に要所を押さえたもので、終楽章ではオケとソロが見事な一体感を示し、満場の聴衆とともに民族舞曲風の熱狂と情熱を纏ったロンドを満喫した。アンコールはバッハの無伴奏vnのパルティータ2番のサラバンド。これもファウストらしい透明なリリシズムと温もりを湛えた好演で、しみじみとした聴後感を残した。
休憩後は交響曲第4番。第1楽章の主題のちょっとしたアゴーギクがチャーミング。そこに出てくるチェロの深い歌。そして長い長いクレッシェンドと音楽的曲線がすばらしい。ハーディングの指揮は表現がよく整理されていて楽曲の構造が良く分かると同時に、作為的なところがなく、不動の安定感に加えて、自然な感興がある。第2楽章も声部間のバランスがよく、弦楽の深みのある音色とともに、息の長いロマンティックな「歌」を聴かせる。第3楽章は朗らかな笑みに溢れ、終楽章のパッサカリア風の主題は荘厳さと哀愁を併せ持ち、音楽は大きくダイナミックにうねる。一瞬の凪からフルート・ソロ(荒川洋)が高く高く舞い上がる、その旋律の軌跡が目に見えるようだ。その後も劇的変化の要所を押さえつつ、コーダに向けて燃焼度の高い演奏が繰り広げられた。
by Musentanz
| 2014-06-25 00:33
| コンサート