バルテュスの音楽

 名前は知っているし、作品も見たことがあるけれども、特別な想いを持つことないまま時間が過ぎてしまう人がいる。僕にとってバルテュスはそういう画家だった。今回改めて、「バルテュス展」(東京都美術館)を見てとても感銘を受けた。これまで見過ごしてきたのが不思議なくらい。

 ちょっと変わっているとはいえ、明らかに具象画である。しかし、人体の不自然なポーズ(たとえば「決して来ない時」)やプロポーション(異様に足の長い「猫たちの王」やウェストが細すぎる「美しい日々」の少女)、独特な人物や猫の表情(「金魚」)など、どれもこれも個性的で見る者を惹きつける強烈な磁力がある。光の感じ(「読書するカティア」のカティアの顔に落ちる本の柔らかな影や「モンテカルヴェッロの風景」の川面の水色)、人体の官能的なまでの滑らかな線(「読書するカティア」のふくらはぎ)…。美術館の中を3度往復してもまだ足りない。絵を前にすると心が沸き立ってくる。

 朝日新聞の同展「記念号外」の見出しに、「称賛と誤解だらけの20世紀最後の巨匠」とあったが、誤解とは何だろう。新聞に具体的な記述はない。エロチシズムの画家?様々な前衛や抽象絵画の台頭する時代に具象絵画を描き続けたから?少なくとも表面的には彼の絵は具象に見える。その点については、本展図録の解題(「バルテュスーもうひとつの20世紀、東西の親和力」で河本真理氏が興味深い指摘をしている。バルテュスにとってテーマは描くことの口実に過ぎず、描くことそのものに興味があった。そのために「『型』の反復と変奏、そして光とマティエールの追求を通して抽象化に向かった。無対象絵画としての抽象絵画には強く反発したものの、自身が具象だけの画家と見られることも拒否したのは、20世紀が課した具象/抽象の区別を超えた絵画を、バルテュスが創り出そうとしたからにほかならない」(図録22頁)。実は音楽の世界にも同じようなことがある。調性音楽と無調がそれだが、そのことはいつかまた。

 あるいは、両大戦間にピエロ・デッラ・フランチェスカを模写し、レアリスティックな絵を描いたから?
 確かに裸体の透明な質感や静かな構図は古代ギリシャ・ローマの彫像を想起させる。でも、彼の絵にナショナリズムやファッシズムと結びついた新古典主義を連想することはできない。以前NYのグッケンハイムだったか、新古典主義とファッシズムの企画展を見たことがあったが、その多くの絵画や彫刻の理念先行の空虚な壮大さや明るさに比べて、バルテュスのそれは、ずっと人間臭い。誤解というよりは、概念的に把握し難いということなのかもしれない。その理由はバルテュスが20世紀絵画のどのような潮流にも与しなかったからだ。

 それはともかく、誤解を恐れずに言えば、バルテュスの絵は分かりやすく、親しみやすい。猫や『嵐が丘』や少女などのテーマ然り。でも、一つ一つの絵の世界観は決して限定されたものではなく、そこにはある種の余白がある。余韻といってもいい。見る者の心にいつまでも棲み続け、イメージはとめどなく広がっていく。あるいは絵が見る者に問いかけ、考えさせる。レトリックでいう、黙説(「…」)である。

 その感触はどうやら少年時代のバルテュスがリルケと読んだ岡倉覚三(天心)の『茶の本』に由来するらしい。ラドリッツァーニ(河本真理訳)によれば、バルテュスは14歳の時に同著のドイツ語版を愛読し、それが後に彼の絵画が得意としたような、「言い落とし」や「イメージの暗示的な力」についての「根本的な助言」となったという。「何ものかを言わずにおくことによって、観る者はその思想を完成する機会を与えられる。かくして、偉大な傑作は観る者の注意を否応なく釘づけにして、ついに観る者が現実に作品の一部分になっているような気持ちにさせる」(図録「バルテュスの多様な日本」12頁)。これを、『茶の本』(岩波文庫)の「芸術鑑賞」をもとにさらに敷衍すれば、真の傑作は鑑賞者の心に奏でられる一種の交響楽であるということだ。音楽に喩えれば、画家は音楽家で鑑賞者は楽器。真の芸術作品が成立するためには、鑑賞者の心の共振がなくてはならない。ここで想起されるのが、指揮者チェリビダッケの言葉。「ベートーヴェンの《運命》はこの世に存在しない。作曲家が記したスコアを演奏者が鳴り響かせ、それが聴衆とともに体験されて初めて作品としての真実が明らかになる」。これは音楽の現象学に由来する発想なので一緒にするのは早計だが、作品が鑑賞者の関与があって初めて成立すると言う考え方においては同じだ。

 看板やレッテルを拒否した画家にとって大切だったのはおそらく、対象の具える線や影や光の感じ(sensation)なのだろう。「感じ」は心の振動だ。それは鑑賞者の心に共振して、妙なる音楽を奏でる。その日バルテュスの奏でた音楽は、10日以上経た今もなお、詩的な余韻とともに、僕の心の中で響き続けている。
























by Musentanz | 2014-06-18 11:46 | 美術


コンサート、美術に映画に読書~音楽評論家那須田務の音楽を中心としたエッセイ


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