古楽エッセイ

明けましておめでとうございます。

『レコード芸術』1月号からエッセイの新連載がスタートしました。
毎号、夜をキーワードに古楽に関するちょいといい話を書いていきます。
題して「古楽夜話」。1月号は「ジョン・ダウランド」。
ささやかな掌のエッセイですが、たくさんの方に読んでいただけると嬉しいです。
第55回レコード・アカデミー賞関連の記事やパリのノートルダム大聖堂のオルガニスト、
オリヴィエ・ラトリーのインタビューも載っています。
どうぞよろしく!
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# by Musentanz | 2018-01-06 10:57 | 古楽

原善伸「鳥が飛ぶ」佐藤弘和作品集

 敬愛するギタリストの原善伸さんが、新しいCDをリリースした。「鳥が飛ぶ~佐藤弘和作品集」(コジマ録音)である。不勉強で僕は佐藤弘和さんという人をよく知らなかった。洗足学園音楽大学のギターの先生をしておられたことくらい。直接話をしたこともなければ、作品を聴いたこともなかった。青森の弘前のご出身で作曲とギターを学び、東京ギターカルテットのメンバーとして演奏、作曲、教育等多方面で活躍されたが、昨年12月22日に50歳の若さで逝去された。謹んでご冥福をお祈りいたします。『現代ギター』誌は3月号で佐藤さんの特集記事を組み(追悼記事や原さんのインタビューが掲載。表紙も原さん)、人柄と業績を忍んでいるが、作品リストを見て驚いた。膨大な数のギター曲がある。

 「鳥が飛ぶ」は、そんな佐藤さんのいわば「白鳥の歌」。古今の名曲と同様、この曲集にも物語がある。原さんのインタビュー記事やCDのライナーノートによれば、昨年の夏に佐藤さんが、入院先の病院で日々書き綴ったものだという。一つ書き上げるごとに写真を撮ってFacebookで発表。するとそれを見た人が演奏してネットで動画の投稿を始めた。その動きに原さんも加わり、佐藤さんがコメントを書いて…。まさに音楽を通しての対話だ。7月に17曲が出来たが、原さんの提案でさらに5曲を加えて全24曲になった。いうまでもなく、バッハの「平均律」、ショパンの《前奏曲集》の数だ。
 
 〈まどろみ〉〈シルエット〉〈目覚め〉などのタイトルがついていて、ほとんどの曲が2分に満たないミニアチュア。どの曲もシンプルで親しみやすく、少ない音たちやその行間に、作曲家の澄み切った精神が感じられる。晩年のモーツァルトの音楽のような、奥行きのある簡潔さ。同時にその音たちはどこか洒落ていて、お人柄を忍ばせる。〈古風なロマンス〉は《禁じられた遊び》の「真面目なパロディ」(佐藤)。終生ギターを愛した人が、ふと心の奥底に見つけた懐かしい曲は、いつの間にか淡い悲しみの色合いを帯びていた。もちろんこれも芸術作品の受容のあり方だ。原さんの演奏は一つ一つの曲を慈しみと共感をもって奏でている。演奏とは演奏家と作曲家との魂の交流だが、このCDほどそれを感じさせるものはない。他に鈴木大介さんとの二重奏版が4曲、大萩康司さんを加えたギター三重奏のための《夏野原》が収録されている。原さんは3月17日に池袋の「現代ギター社のGGサロン」で同曲集のリサイタルを行なう。7時開演、鈴木大介さんや大萩さんも出演するという。楽しみだ。 
                                                                    

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# by Musentanz | 2017-03-14 10:43 | 音楽

ジャン・ロンドー&Nevermind

ここ何年かフランス語を習っていて、自分で書いた短編小説や音楽批評の仏訳に挑戦しています。
それで昨年「レコード芸術」の海外盤試聴記に書いたレヴューの記事をフランス語にしたので掲載します。
訳出にあたっては少々表現を変えています。自著の翻訳なので悪しからず。フランスの人たちに読んでもらえると嬉しいな。
CDは、この初来日するフランスの若手チェンバリスト、ジャン・ロンドー率いるアンサンブル「NEVERMIND」(いうまでもなく「気にするなとか、かまわないじゃないか」などを意味する英語。フランス語ではQu'importe。わざわざ英語にしたのはインターナショナルなリスナーを対象にしているからだろう。ネヴァーマインドだけど、フランス語風に言えばネヴァーマン。彼らはどう発音しているのだろう)のデビューアルバム「Conversations」。ネヴァーマインドはトラヴェルソのアナ・ブソン、ヴァイオリンのルイ・クレアハ、ガンバのロバン・パーロ、そしてクラヴサンのジャン・ロンドーのフランスの若い音楽家たちのユニット。まだライヴは未聴ですが、チェンバロのロンド―が来日し、4月10日に東京文化会館小ホールでリサイタルをします。曲目は《ゴルトベルク変奏曲》。その名前(ロンドー)の通りの、ダンサブルな演奏が聴けることを今からとても楽しみにしています。ちなみにロンド―の「イマジン~J.S.バッハ:チェンバロ作品集」と「Vertigo~ロワイエ/ラモー:クラヴサン作品集」(いずれもワーナークラシックスのRisingstarsシリーズ)もご機嫌のアルバムでした。

まずは原文。『レコード芸術』6月号から
 5月号の新譜月評器楽部門でご紹介したチェンバロのロンドーのアンサンブル「ネヴァーマインド」のデビュー盤。トラヴェルソ、ヴァイオリン、ガンバとクラヴサンによる、18世紀のフランスの音楽家カンタンやギルマンの室内楽集。彼らの演奏は総じて、自然なテンポや優美なイネガルが心地よい。4人の若い音楽家たちは自発的で生き生きとした密度の高いアンサンブルを繰り広げ、とりわけフルートは艶やかな明るい音色が魅力だ。カンタン作品8の4の伸びやかなフレージングやギルマンのソナタ第4番終楽章の躍動感など、若々しい情熱と瑞々しい情感が爽やか。同時に、カンタンの作品15の3楽章の強調された不協和な響きや作品10の5のアダージョの深い憂愁の響きがすばらしく、フランス・バロックの光と影がコントラスト鮮やかに示される。(那須田務)

Nevermind Conversations ALPHA CLASSICS
Voici le premier disque de l' ensemble Nevermind avec Jean Rondeau, le claveciniste présenté dans le numéro précédent;. Cet ensemble interprète la musique de chambre pour flûte traversière,violon, viole de gambe et clavecin de Quentin et Guillemain, compositeurs Français du 18 siècle. J' ai été sensible au jeu de ses quatre jeunes artistes à la grâce des notes inégales, à la justesse du tempo. La musique coule spontanée et vivante; mais n' est jamais dépourvue de rigueur, et le timbre clair de la flûte m'a particulièrement enchanté.
La jeune passion et l' affect de leur interprétaion, donnent une fraîcheur et une aisance aux lignes mélodiques de la sonata IV "oevre VIII" de Quentin, et en élan vital au dernier mouvement de la sonata IV "livre II" de Guillemain.
De Plus, la dissonance insistée du troisième mouvement de la Sonate "ouvre XV" de Quentin, et la profonde mélancolie de la Sonate V du même compositeur, sont magnifiques.: Accentuant de ce fait, l' étonnant contraste de l' ombre et de la lumière, de la musique baroque française.

Tsutomu Nasuda
Record Geijutsu 2016 Juin

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# by Musentanz | 2017-02-12 14:25 | 古楽

NHKラジオ「すっぴん!」に生出演

昨日(2月8日)、NHKラジオの「すっぴん!」に生出演して来ました。
水曜日のパーソナリティ、ダイヤモンドユカイさんと藤井彩子アナウンサー、僕の三人で、「テキストドーン」のコーナーで、「ベートーヴェンの笑い」をテーマにお話をしました。楽しかった!ロック歌手のユカイさんは、クラシックが大好きなんだそうです。ウィーンに遊びにいかれたときには、ベートーヴェン縁のハイリゲンシュタットを散策されたとか。ベートーヴェンってたいていの肖像画で難しい顔をしているけれども、実際には笑うこともありました(当たり前か!)。それも何もかもぶっ飛ばすような爆発的な哄笑だったようです。ベートーヴェンと交流のあった人達の回想録からそんな笑いのエピソードをご紹介して、ベートーヴェンの交響曲第7番の終楽章を聴きました。「笑い方」にはその人の人となりが反映すると思いますが、それは音楽も同じです。ピアノの小品《なくした小銭への怒り》や大作《ディアベッリ変奏曲》を聴くたびに、ベートーヴェンの笑い声が聴こえてくるような気がするのは僕だけでしょうか。

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# by Musentanz | 2017-02-10 17:34 | その他

コンサートの秋ーチャイコフスキーの一日

 昨日の続きです。
 10月15日(土)は、ほぼ一日上野で過ごした。
 12時から文化会館大ホールでゲルギエフ率いるマリインスキー劇場の《エフゲニ-・オネーギン》(演出ステパニュク、舞台美術はオルロフ)。一階を見まわしたところほぼ満場。お隣のご同業のYさん曰く、「日本人はオネーギンが好きなんですよ」。確かに同じプーシキン原作のオペラでも、ロシア的宿命論的な悲劇がホフマン風の謎めいた物語に仕立てられた《スペードの女王》よりも、青春の愚かさと後悔という人間的な主題の方に親しみを感じる人は多いかもしれない。「全3幕の叙情的情景」という言葉通りのチャイコフスキーの音楽もいいですねえ。どうしようもないオネーギンではなく、純情なタチアーナの存在が大きくクローズアップされているところもいいし、魅力的なアリアや華やかなポロネーズなど聴きどころも事欠かない。
 幕が上がると、床一面に転がった無数の色とりどりのリンゴ(パンフレットによれば5000個!)とカラフルな民族衣装が目に入ってくる。それと、登場人物の心のうちを反映させたモノトーンな晩秋の木立のコントラストが印象的だ。乳母のマルコフやラーリナ夫人のフォルコヴァらベテランが脇を固め、主役級の4人はロシア育ちの気鋭。セルゲイエワの愛らしくて軽やかなオルガ。声、容姿ともにしっとりとした情趣を漂わせたバヤンキナのタチヤーナ。とくに彼女は自然かつ繊細な演技で心の動きをよく表現していたし、手紙の場のアリアも好演。オネーギンのマルコフも輝かしいバリトンで充実していた。その日の男性歌手たちの中に入ると、レンスキーのアフメドフは声量の点でいささか物足りないが、セルゲイエワのオルガと釣り合いが取れているといえるし、リリカルで繊細な歌唱自体は好ましい。総じて、洗練された舞台美術とほどよい抑制の効いた演出が、若い歌手たちの率直な演技や歌唱と相まって、軽やかで透明な詩情に満ちた好舞台となった。当然ながら合唱、オーケストラともに、抜群の安定感とフィット感。とりわけオーケストラの深くて柔らかいサウンドがすばらしく、夜のコンサートが期待される。

 終演後、夜の公演まで時間調整。台風続きで日本はどうなってしまうのだろうと心配されたが、ここ数日ですっかり秋めいてきた。正岡子規球場で少年たちの野球を眺めたり、喫茶店で本を読んだりして過ごした。
 
 7時からのオーケストラ・コンサートもオール・チャイコフスキー。それにしてもゲルギエフもオーケストラもタフだ。超人ゲルギエフはともかく、オーケストラのスタミナと能力の高さには驚かされる。歌劇場専属のオーケストラだから可能なのだろう。
 《ロミオとジュリエット》序曲は遅いテンポと抑制された表現で、最後に大きく盛り上がる。協奏曲1番のソリスト、アレクサンダー・マロフェーエフはなんと2001年生まれの14歳。ステージに登場した少年は、小さな顔にシルバーに近い髪。ひょろりと痩せて頼りなげだが、その演奏が始まると自信満々、才能ある若者(というか少年)に共通の自然な音楽との一体感がある。速いパッセージで火が付いたようになり、僅かに前のめりになるが、攻めの姿勢が気持ちいい。第2楽章ではオケと音楽的な対話を楽しむ余裕もあり、終楽章も難技巧をやすやすとこなす。アンコールはメトネルの2つの「おとぎ話」作品20の1と2。ここでも対照的な性格の曲を見事に弾きこなした。演奏中は堂々としていたのに、演奏が終わると普通の14歳の少年に戻ったように、どこか頼りなげで所在なげ。サーシャ君の素顔を見た気がした。将来が楽しみだ。それにしてもあらゆる機会をとらえて、才能ある若者を積極的に紹介しようという、ゲルギエフの心意気がいいですね。
 最後は交響曲5番。前の2曲もそうだが、ゲルギエフは指揮台も指揮棒も使わず、オーケストラのなかに、音楽そのもののなかへ入っていくようだ。音楽と直接触れ合ううちに、彼の心の中にある音楽が造形されていく。
 オーケストラはさすがに疲労は隠せないが、指揮によく反応し、室内楽な柔軟性と緊密なアンサンブルを聴かせる(ちなみにオケは対向配置)。それは、ムラビンスキーらの時代の壮大なチャイコフスキーと違って、とても人間的で人の体温を感じさせる。何百回となく演奏しているだろう曲なのに、オーケストラも先の室内楽的な感触からか新鮮さが失われていない。それにしてもこのオーケストラはチャイコフスキーがよく鳴る。終演後、客席から見ていて、ゲルギエフもさすがにふらふらの様子で気の毒なくらいだが、それでもアンコールにメンデルスゾーンの《夏の夜の夢》の「スケルツォ」を演奏した。あっぱれ!(10月15日 東京文化会館大ホール)



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# by Musentanz | 2016-10-17 11:05 | コンサート

コンサートの秋~小菅優

 さすがに10月のハイシーズンだけあって、連日のコンサート通い。
 そのうちとくに感銘を受けたものをいくつか。

 ウィーン・フィルとマリインスキー劇場の来日公演に隠れてしまった感があるが、古楽にも注目すべきコンサートがあった。
 10月12日のジャパン・オルフェオ(東京芸術劇場)とその翌日のクリスティ&レザール・フロリサンの「声の庭」(サントリーホール)。
 どちらも客入りが寂しくて残念だったとはいえ、内容はとても興味深いものだった。どちらも『音楽の友』誌に書く予定なので(他にファウストとベザイデンホウトのバッハ)、どうぞそちらも読んでください。

 さて、14日は紀尾井ホールで小菅優のピアノ・リサイタルを聴いた。
 小菅は2010年から昨年までベートーヴェンのピアノ・ソナタ全曲演奏会&録音を行なったが、この日はディスクの完結記念コンサート。
 ソナタ1番、24番《テレーゼ》、17番《テンペスト》、休憩後に21番《ワルトシュタイン》と32番。1番と32番を両端に置き、後半は同主調のソナタを並べるという洒落たプログラムだ。
 1番は少々硬さが感じられたものの、2曲目から調子に乗ってきた。《テレーゼ》は曲にふさわしくエレガントで全体の調和がとれた佳演。
 《テンペスト》は全楽章を通して強い緊張感に貫かれる。休符に対する感性に独特なものがあり、「静」が、「動」と情熱を浮き上がらせる。第1楽章再現部の、「空気の精エアリアルのアリア」もぐっと抑えたタッチで奏でられる。かつて故諸井誠氏がシェイクスピアの同名劇の登場人物の対話や独白にたとえた、第2楽章も多様なイメージに満ち、終楽章も抑制のきいた表現が中ほどの嵐の不気味さを印象づける。
 地響きとともに遠くから何かが近づいてくるように弾き出された《ワルトシュタイン》も興味深い。その日の他のソナタにも言えるが、小菅の音作りはピアニスティックというよりは、シンフォニックなサウンドでアイデアが独創的。32番も然り。全身全霊を捧げて曲に向き合う、その気迫たるや!第1楽章などはまさに鬼気迫るもので、ダンテの『神曲』の場面を彷彿とさせる。和声の味わい、論理的かつ自然な情感の流れ、安定した構成感。全曲を通して尋常でない集中力と緊張感なので、聴き手にも相応の体力が求められる。しかし同時に並外れて強い求心力で聴き手を彼女の音楽へと引き込んでいく。強調すべきは、どの瞬間をとっても、一つとして凡庸な表現がないということだ。小菅が音楽の内容で聴かせられる、数少ないピアニストの一人であることを改めて実感した。(10月14日紀尾井ホール)
 明日は15日のマリインスキー劇場のオペラとオーケストラの公演について書きます。

 
 






# by Musentanz | 2016-10-16 13:54 | コンサート

読売日本交響楽団第192回土曜マチネーシリーズ

 フルラネットの翌日は東京芸術劇場で読響の土曜マチネー。カンブルランの指揮でラモー《カストールとポリュックス》組曲、シュタットフェルトをソリストに迎えてモーツァルトのピアノ協奏曲第15番変ロ長調K450、そしてシューベルトの交響曲第8番《ザ・グレイト》が演奏された。コンマスは長原幸太。
 ずいぶん長い間ブログを休んだが、いつも読んでくださっていた人からコンサートに行っていないのと聞かれた。もちろんそんなことはなく、シーズン中はほぼ毎日のようにコンサートに出かける(職業柄当然だけど)。でも、仕事が忙しすぎたり、そのコンサートについてどこかで書くことになっているとついご無沙汰してしまう。できるだけ書こうと思うので、これからもどうぞよろしくお願いします。

 さて、一曲目のラモー。ここ数年、日本でもようやくピリオド系の指揮者がオーケストラを振る機会が増えた。古楽大好き人間にはとてもうれしい。モダン楽器の演奏家たちもどんどんバロック以前の音楽を演奏してほしいと思うから。

 読響もロトやシュタイアーなど古楽系ないし、古楽に強い指揮者やソリストの登壇が増えて頼もしい。常任指揮者のカンブルランは決して古楽系ではないが、今回はラモーの《カストールとポリュックス》の組曲を取り上げた。星座にもなったギリシャ神話の兄弟愛を主題にした抒情悲劇で、ラモーのオペラの中でも人気が高い。そこから序曲と3つの舞曲。こういう曲は、演奏者がフランス・バロック特有の響きを理解していないと様(さま)にならないが、今回は小ぶりの編成でヴィブラートも控えめ。弓の返しが多く、序曲の強調された付点音符など、古楽演奏に馴染んだ耳にも違和感なく聴ける。フレンチ・バロックのダンスの軽やかさや華やかな色彩が楽しい。

 続いて、デビュー以来ユニークなバッハで知られるシュタットフェルトのソロによる、モーツァルトの協奏曲。長身痩躯に、金ボタン付きの詰め入り黒のロングコートで登場。ピアノの椅子をうんと深くして座る。背中の長い裾が床につきそうなくらい低い。スヌーピーのトイ・ピアニスト、シュローダーみたいだ。その演奏は徹底して弱音。調律にも独特なものが感じられたが(詳細は分からない)、ダンパーとシフトペダルを巧みに使い、まったく独自のサウンドを聴かせる。第2楽章などは例によって右手の音域を一オクターヴ上げるなどして夢幻的な世界を繰り広げた。アーティキュレーションの扱いも非常に繊細だが、それで音楽を「語らせる」というよりは、むしろ音色やソノリテの手段といえる。第1、第2ヴァイオリン合わせて14人(?)ほどの小編成だが、それでもトゥッティになるとソロが聞こえない。音が小さいのはフォルテピアノも同様で、曲によってはモーツァルトもピアノとオケが重なる箇所でヴァイオリンなどを各パート一人に指示しているのだから、試みてもよかったかもしれない。いずれにせよ、とても感覚的で耽美的な、大変に興味深いモーツァルトだった。アンコールはモーツァルトが神童の頃のK15kk。ますますシュローダーだ。

 休憩後のシューベルトは、シュタットフェルトの内向的な世界から解放されて、一気にはじけたという感じだ。編成も大きくなり、第1楽章から速めのテンポで軽やか。生き生きとして、生命の輝きに満ちた演奏に、豊かな緑と太陽の光に溢れたオーストリーの風景に遊ぶ、作曲家の心が感じられて思わずほろり。他の楽章も然り。音楽の流れはナチュラルで、終楽章などは力強い音楽の推進力がすばらしく、爽快このうえない。まさに青春の交響曲。「グレイト」「長大」「後期作品」のイメージから、とかく巨匠風の演奏が多いが、31歳で没した作曲家にとって、果たして僕たちが考えているような晩年があったかどうか。そんなことを考えさせる好演だった。(10月8日 東京芸術劇場)




# by Musentanz | 2016-10-09 18:19 | コンサート

フェルッチョ・フルラネットのリサイタル

 トッパンホールでイタリアの名バス歌手フェルッチョ・フルラネットのリサイタルを聴いた。ピアノはイーゴリ・チェトゥーエフ。 
以前『音楽の友』誌でプレガルディエンとシュタイアーの鼎談の司会をした際、ドイツ・リートの本国ドイツでも、昨今はリート(歌曲)を聴く人が少なくなったと嘆いていた。そんなリートの復権を目指して、トッパンホールが2008年にスタートさせた「歌曲の森」シリーズは、毎回一流歌手とピアニストによる本格的なプログラムで歌曲芸術の神髄を紹介している。シリーズが始まって3年目くらいだろうか、僕も同ホールの広報誌に「ドイツ歌曲の魅力」についてのエッセイを書かせていただいたが、それから回数を重ねて、なんとこの日で第20回目(第20篇)だそうだ。
 イタリア出身のフルラネットの最大の当たり役は、おそらくヴェルディの《ドン・カルロ》のフィリッポ2世や《マグベス》のバンクォーなどだろうが、プログラムノートのプロフィールによれば、ボリショイとマリインスキー両歌劇場でボリス・ゴドゥノフを歌った唯一の西側出身の歌手であり、ロシア物も得意とするらしい。今回はラフマニノフとムソルグスキーの歌曲。皆さんよくご存じで、ホールはほぼ満席(お客さんに歌手らしい人が多かった)。
 それにしても、いい声ですねえ。深みがあるけれども、聴く者を柔らかく包み込むというよりはむしろ、光沢を帯びた輝かしい重低音で表出力が強い。そうでなければ、大劇場でオーケストラを背景に歌うドラマティコは勤まらないだろう。
 でも、この日は歌曲だけあって、言葉をとても丁寧に扱い、繊細なフレージングやアーティキュレーションを聴かせた。このようにオール・ロシア歌曲のコンサートを聴くのは、今回が初めてかもしれない。正直言って、ラフマノフの歌曲がこれほど面白いとは思わなかった。劇的だし、曲によってはロマンティックだけれども、決してセンチメンタルではない。西欧諸国におけるラフマニノフ=センチメンタルのイメージは、こうしたロシア語の歌曲を知らないゆえのことかもしれない。
 後半はすべてムソルグスキー。選曲もあるのだろうが、やっぱり彼の音楽は暗くて重くて悲しい。ピアノのチェトゥーエフはさすがにウクライナの人だけあって、的確な表現で詩と音楽の結びつきを見事に示していた。なんだかとても凄いものを聴いたという感慨に打たれた。プログラムノートの一柳冨美子氏の解説がとても勉強になった。(10月7日 トッパンホール)

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# by Musentanz | 2016-10-08 21:05 | コンサート

「ヴェネツィア・ルネサンスの巨匠たち」と音楽

 「アカデミア美術館所蔵~ヴェネツィア・ルネサンスの巨匠たち」を見てきた(国立新美術館)。
 ジョヴァンニ・ベッリーニやヴィットーレ・カルパッチョ、マレスカルコ、ティツィアーノ、ティントレットなどの作品を通して15世紀から17世紀に至るヴェネツィア絵画を展望する。17世紀に近づくとギリシャ神話をモティーフにしたものが出てくるが、ほとんどが宗教画で肖像画が数点。
 ヴェネツィアの絵は色彩が豊かで、聖母や聖人たちの表情が柔らかくて人間的なやさしさが感じられるのが魅力だ。ティツィアーノの「聖母子」の別名アルベルティーニの聖母の顔の気品に満ちた美しさ。なんといっても赤が際立っている。たとえば、展覧会のチラシのベッリーニの「聖母子」。聖母の背景の青空に浮かぶ、雲上の天使たちのどことなく眠そうな真っ赤な顔が印象的だ。そういえば、ヨーロッパで時折こんな夕焼け空を見かけたな。でも、やはり最大の見どころはティツィアーノが、サン・サルヴァドール聖堂の祭壇のために描いた「受胎告知」だろう。天使ガブリエリがマリアに受胎を告げる。思わずヴェールを持ち上げてうろたえるマリア。その瞬間、空が開けて天使たちが舞い降り、聖霊の鳩が飛来する。劇的な一瞬を画布に閉じ込めた大作だ。
 
 いつの頃からか、こういう絵を前にすると、その時代の音楽を思い浮かべるようになった。200年というスパンは長いから、もう少し絞ってティツィアーノの活躍した16世紀にしよう。88年という当時としては長寿をまっとうした画家が、サン・サルヴァドール聖堂のために「受胎告知」を描いた1563年から65年のヴェネツィアはどうだろう。
 バッハやヘンデル、ヴィヴァルディらが生まれる100年ほど前。モンテヴェルディもまだ生まれていない(1567年生まれ)。フランドル地方の音楽家が欧州各地で活躍した盛期ルネサンスからバロックへの移行期。ローマのパレストリーナは40歳くらい。でもすてきな音楽はたくさんあった。
 ブリュージュ生まれのアドリアン・ウィラールトがサン・マルコ聖堂のオルガン奏者に着任した頃から、ヴェネツィアの音楽は一つの隆盛期を迎える。そのウィラールトが没して3年、後継者のアンドレア・ガブリエーリは50歳台中頃。木管のコルネットとトロンボーンの前身サックバットのアンサンブルや歌手たちを引き連れて礼拝や国家行事などで複合唱編成の壮麗なサウンドを響かせていた。音楽史上フォルテやピアノなどの表示を楽譜に書き込んだ最初のソナタで知られる、甥のジョヴァンニ・ガブリエーリはわんぱく盛り。
 もちろんセレモニアルな音楽ばかりではない。貴族の館ではペトラルカ風の詩に作曲したイタリア語のマドリガーレが、酒場では親しみやすいフロットラ、喜劇やコメディア・デラルテの舞台や街角ではヴェネツィア訛りの陽気なヴィラネッラ(ヴィラネスケ)が歌われたことだろう。
 
 ちなみに、こうしたCDをいくつか。「アッラ・ヴェネチアーナ」は名手ポール・オデットが、ルネサンス・リュートで16世紀初頭の舞曲やリチェルカーレなどを弾いたアルバム(ハルモニア・ムンディ)。「アンドレアとジョヴァンニ・ガブリエリ」は、ヴェネツィアではないけれども、ボローニャ、サン・ペトローニオ教会の2台のオルガン(いずれも16世紀製造)で、イタリアの巨匠タリアヴィーニとオランダ出身で同教会専属のオルガニストのタミンハが、二人のガブリエーリのオルガン作品を弾いている(タクトゥス)。
 「複合唱編成のためのヴェネツィアの音楽」は、ファン・ネーヴェルや古楽器の管楽アンサンブルのコンチェルト・パラティーノらが、サンマルコ聖堂に鳴り響いたであろうウィラールトらの曲を奏でている(アクサン)。16世紀のマドリガーレを聴くなら、同じネーヴェル率いるウェルガス・アンサンブルの「哀しみのラウラ」(ソニー)がある。
 そして、フランスの古楽アンサンブル、ドゥルス・メモワールによる、そのものずばりの「ティツィアーノの世紀、ヴェニス1490~1576」(ナイーヴ)。マドリガーレやフロットラ、ヴィラネッラなど、16世紀ヴェネツィアの世俗歌曲を集めた楽しいアルバムだ。
 ティツィアーノ翁も一日の仕事を終えた夜、運河沿いの居酒屋で若い弟子たちに囲まれて、旅回りの音楽家たちの歌う、少しばかり上品な古い歌に耳傾けることがあっただろう。「わがきみの一瞥に、わが心に甘い死が忍び込む…」。ヴェルドロのマドリガーレの一節だ。あるいは、これまでに手掛けた聖母のモデルたちを思い、深いため息をついたかもしれない。

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                      図録 ティツィアーノ、サン・サルヴァドール聖堂の祭壇画「受胎告知」
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# by Musentanz | 2016-10-07 01:01 | 美術

コープマン&ABO来日公演

 先日「レコード芸術」誌にインタビューしたコープマンが、アムステルダム・バロック管弦楽団(ABO)を率いて来日した。
 オール・バッハ・プログラム。管弦楽組曲とブランデンブルク協奏曲それぞれ3番と4番に、失われた教会カンタータのシンフォニアBWV1045とやはり教会カンタータ42番のシンフォニア。人気曲と演奏される機会の少ない作品を組み合わせ、しかも調性や曲の性格面で調和のとれた選曲はさすがだ。16年振りの東京公演、しかも近代的な大きなホールということもあって、華やかで明るいプログラムにしたかったようだ。ざっと見まわしたところ、東京オペラシティコンサートホールはほぼ満場。まずは管弦楽組曲第3番。序曲から快速なテンポで飛ばす。ホールのリッチな響きにはちょっと速すぎてテクスチャーの透明度に欠けるが、この曲の晴れやかな喜びを表現するにはこのくらいのテンポが必要なのだろう。明晰さよりもアフェクト(情感)を優先するところがコープマンらしい。かの「アリア(エール)」の2連続きのスラーの後ろの音符を短くする典型的な古楽奏法が、音楽に一層の軽やかさと愉悦を与える。鋭い子音と直線的なフレージングのドイツ系アンサンブルと違って、リズムもサウンドも丸くて柔らかい。
 インタビューの際に、ジャズ愛好家だった父の影響で自分の身体にはジャズのリズムが染み込んでいると語っていたが、先の不均等奏法など、確かにそう感じさせるところが随所にある。昔から言われている、フランス風のイネガルがジャズのスウィングになったという説が思い出された。
 コープマンほどバロック音楽の身体性を感じさせる人もいないだろう。指揮をしながら通奏低音のチェンバロを弾くときも、強拍で上体が深く鍵盤に沈むと同時に上へ伸びあがる。その瞬間チェンバロの音がホールの上方に飛んでいく。彼の心の愉悦がそのまま身体とオーケストラの音になって表現されているようで、とても気持ちがよく、自然に身体を揺すりたくなる。
 トランペットは音程を微調節する孔付きなのが残念。音程はいまいちだけど、太くて輝かしい音色の完全なナチュラル管のほうが断然いいのに。ブランデンブルク協奏曲4番のリコーダーは、バッハの自筆譜では「ドゥエ・フラウティ・デコー」(2つのフルート・エコー)となっていて、実際に第2楽章でエコー効果(fとpの応答)が盛り込まれている。最近コンチェルト・ケルンがどこからか、当時のそれらしい楽器を見つけてきて、復元して録音していたが、コープマンは特定の楽器ではなく、演奏効果のことだと言っていた。何か面白い演出をするかなと思ったけれど、ごく普通だった。でも協奏曲3番の第2楽章(楽譜上は和音が二つだけ)をチェンバロでかなり長いソロを聴かせた(インタビューの予告通りだ)。5番の第2楽章の音型を盛り込むなどとても聴かせる。
 管弦楽組曲4番の「レジュイサンス」(歓び」でコンサートを締めくくるのも彼らしい。底抜けに明るいコープマンの音楽に、お客さんの顔に自然と笑みがこぼれる。アンコールは「管組」3番のアリアとやはり4番の「レジュイサンス」。終演後ロビーでサイン会。楽屋から顔を紅潮させて飛び跳ねるようにコープマンがロビーに現れると拍手が沸き、興奮したお客さんの差し出す手に握手で応えていた。年齢とキャリアを重ねて音楽は練磨されて巨匠の深みが加わったが、その本質は僕が初めて話をした四半世紀前と変わらない。人の心に愉悦を与え、人と人を繋ぐ、ポジティヴで円満で幸福な音楽。これって本当にすごいことだと思う。
(10月3日 東京オペラシティ コンサートホール)




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『レコード芸術』2016年10月号とコープマンの自宅のビブリオティクにあったという、ヘンデル新発見のカンタータが収録された最新録音。





# by Musentanz | 2016-10-04 14:28 | 古楽


コンサート、美術に映画に読書~音楽評論家那須田務の音楽を中心としたエッセイ


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